高松空港の上海線運休や香港線減便のニュース。数字だけを見れば、地域経済への逆風と捉えられがちだ。しかし、その静寂の裏側で、確実な地殻変動が起きているのをご存じであろうか。かつての「団体・爆買い」という喧騒はとうに過ぎ去り、訪れた土地の歴史や語り部によって紡がれた物語を深く味わおうとする、欧米豪や中華圏以外のアジアの個人旅行客(FIT)が、静かに、しかし力強く日本のローカルへ流れ込み始めているのだ。
これはピンチではない。日本のインバウンド政策が明らかに「第2フェーズ」に入り、数(頭数)の論理から、価値(体験)の論理へと移行する歴史的な転換点である。
「何もない」という贅沢を再発見するために、欧米の富裕層や旅慣れたリピーターたちはローカルを目指す。過度な混雑を避け、その土地にしかない「本物(Authenticity)」を求めるのだ。例えば、北海道の阿寒湖では古来からのアイヌ文化と自然を組み合わせたアドベンチャーツーリズムが、広島県尾道市瀬戸田では、生口島に古くから残る豪商屋敷を「アマン」の創業者が再生したラグジュアリーな滞在が、世界中の「アドベンチャー・トラベラー」を魅了している。

翻って香川はどうか。我々が日常として見過ごしている「多島美の静寂」や「うどん打ちの所作」、あるいは「盆栽の静謐な時間」は、彼らにとって喉から手が出るほど魅力的なコンテンツだ。今こそ、安売りツアーの立ち寄り地ではなく、「何もしない贅沢」と「深く知る悦び」を両立させる滞在型観光へのシフトが必要である。
「点」から「線」へ、ストーリーを編む
これからの手法として考えたいのは、観光スポットを「点」で消費させるのではなく、体験を「線(ストーリー)」で繋ぐことだ。飛騨高山で成功している「プライベートな居酒屋ホッピングツアー」のように、高松の夜の路地裏や、うどん屋の暖簾の向こう側にある生活文化を、その土地を知り尽くした質の高いガイドと共に巡る「現地発信のオプショナルツアー」の仕組みが求められている。
また、高松空港の直行便だけに固執する必要はない。関西国際空港から淡路島を経て四国へ入る「海の道」、あるいは岡山空港からの「マリンライナーの旅」、広島空港から「しまなみ海道」を巡る動線をシームレスに磨き上げる。高級レンタカーを走らせて感じる瀬戸内の海岸線の美しさは、欧米のドライブ旅行好きにとっても、世界屈指のルートになり得るポテンシャルを秘めている。

欧米客は長期滞在を好む。彼らにとって必要なのは、大型免税店や百貨店ではなく、高速なWi-Fiを備えた古民家のワークスペースであり、地元の食材を自ら調理できるキッチン付きの宿だ。白馬やニセコがそうであるように、季節を問わず「そこに居続けたい」と思わせる環境整備が、一人あたりの消費額を押し上げる役目を果たす。
ビジネスの世界では「継承」が重要だが、観光もまた同じ。先代から受け継いだ豊かな自然と文化を、単に切り売りするのではなく、次世代に誇れる「高付加価値な産業」へと昇華させなければならない。
中国客の減少は、我々に「どの市場に、どのような価値を提供したいか」という問いを突きつけている。この「空白」を、上質な体験と滞在の「質」で埋めていくこと。それが、瀬戸内・香川が世界基準のデスティネーションへと進化するための、唯一にして最大の近道であると私は確信している。高松市のシーサイドに姿を現しつつある「マンダリンオリエンタルホテル瀬戸内」が、高松市と直島に誕生する来年に向けて、変革の一歩はすでに始まっているのだ。










