都市公園の魅力向上を、市民の財産を活用🌳  〈かがわコラム〉

高松市の目抜き通りである中央通りは、県外から来た方の目に整然としたビル街として好印象をもたらすようだ。“意外に高松市は都会だな!”と感じてもらうためには第一印象がとても大事。その中心とも言える場所にあるのが「高松中央公園」である。

 少し前の話だがはす向かいに新本店ビルを構えた香川銀行本店ビルの内覧会におじゃまする機会があった。銀行らしいカチッとしたデザインと、シンプルながら洗練された内装、落ち着いた印象を放つ色使いに魅了された。

 まるで美術館にいるような気分。そして上層階から眼下に広がる中央公園の緑が、大きく取られた窓越しに広がり快適でかつ豊かな執務空間。

 普段、公園を歩いてもあまり感じなかったのだが上から眺めると案外の広さがある。周りのビルが高くなってしまったせいもあるかもしれない。

 さぬき高松祭りなどの大規模なイベント開催時には賑わいを創出するステージになる。イベントが終了すると至って静かな空間になるのは少しもったいない気がするくらい緑豊かな都市公園。広場に芝生が生育してからは一層魅力が高まっている。

 城趾公園とは異なる性格を持つのだから、なんとかここに高松のにぎわいの中心を作れないものだろうか。もちろん公園機能はそのままにして。

 あの空間が例えば市役所とつながり前庭となっていたら、もっと気軽にイベント等に活用出来たのかもしれない。実際、福岡市役所の前庭では数多くのイベントが開催されている。都市公園ではやはり緑が主役となり、利用頻度は二の次となるのだろう。

 香川県には国営さぬきまんのう公園という立派な国営公園があり、ここは様々なニーズを内包する仕掛けを施した大規模な公園であるが、いささか遠いのが玉に瑕。

 対してサンポート高松多目的広場は、名前の通りの広場としての存在。欧米の広場に近い。もともとサンポート高松には業務街区として高次都市機能が集積する計画で、4つに分けられた区画を挟むように広場はその中心に造られているので欧米型の広場となるはずーだった。

 街の風景に溶け込みクルマも入ってこない。欧米の中心的な広場周辺では商店や教会などが囲み、昔から人の流れに沿って都市計画が生まれ、広場に向かって道路が造られている。街の開発のルーツとしてそこから行われている。

 狭い都市の中にあって、人が集う場所があれば、そのどちらでもいいのだろうが、貴重な空間、資産をもっと自由に誰もが使えたら、どんなにか潤いのある生活が出来るのだろうとは思う。

  日本は広さによって広場か公園といった使い方を取るようで、あまり使用意図については区別がない。栗林公園は最近まで道路標識ではParkと呼ばれていた。要はその違いに明確な決まりがあるわけではないのだ。

日本では人が自然に集まる広場は駅前広場くらい

 パブリックスペースとは民間が持つ空地なども合わせて呼ぶという考え方もある。

 文化的生活の必須アイテムと考えると、美術館や博物館といったハコモノだけでなく、屋外空間として広場も街の個性がそこに表現されていなければならない。そして何よりも日頃から広場や公園を最大限に楽しむという文化が浸透し、そこでひとときを過ごすことがその市民の楽しみになる場所である。

 広場文化には長年乏しかった日本では、かつて買い物公園の整備といった取組も旭川市など一部地域でおこなったものの、その広がりは局所的で終わった。歩行者天国の発展系のような商店街のアーケード下が広場の役目を果たしているのかもしれないが、そこはあくまでも道路であり通路である。イベントは厳しく規制される。

 公共空間は常に規制とのせめぎ合い。オープンカフェなど欧米では当たり前の光景も日本では規制緩和が前提。道路占有を特例で解除に至る社会実験が行われてからとなる。

(丸亀町ドーム=周囲の商店をセットバック円周内を私有地にイベント広場)

 国土交通省で官民連携事業に「資本のリサイクル」という概念で民間事業者の参画を呼びかける。それに沿って法律も改正されたり、指定管理制度の導入で主にハコモノと呼ばれるホールや会館、アリーナーなどを民間活力で導入。今注目されはじめているのは主に跡地整備や公有地の活用という屋外施設。

パークーPFI=公募設置管理制度という名のマジック

下の写真のスターバックスは世界で最も美しい店舗として有名になった。それにつれ、この富岩運河冠水公園(富山市)自体の存在感も外へ発信しれているのだ。

富山市

 高松の中心部では商店街が途中に広場を造り、活用されているのは注目される取組みである。週末の商店街では様々なイベントが広場で展開されていて、人々の楽しむ姿がある。

 公園は単に人々に癒しをもたらす場所ではなく、人々とのコミニティを創造する場所へと変化している。またそこに“稼ぐ公園”という発想も加わり、質的な充実も図られている。防災、レクリエーション、にぎわいの場として都会生活にはなくてはならない大事な場所として再確認。どちらにしても私たち人の暮らしにはなくてはならないピースなのである。

ところで高松市の中心部にこうした公園が少ないのは何故か?大きな公園は車で行く必要のある郊外に点在している。現在、中央公園の前にはタワーマンションが建築中だが、一番の売りはパークフロントという点。都市生活者にとりまとまった広さの公園の存在は生活の潤いのみならずなら、資産価値にまで影響を与える。

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