香川の教育を「偏差値」から「価値創造」の聖地へ
今、四国の教育シーンで熱い視線を浴びているのは、徳島県神山町の「神山まるごと高専」だ。「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てるこの学校の成功は、地方教育が「とんがったコンセプト」さえ持てば、全国から最高の人材を引き寄せられることを証明したのではないかとさえ思える。 香川県が検討している中高一貫校の新設や高校再編は、この「神山モデル」を如何に公立高校の枠組みに組み入れ、どう昇華させるかが問われているとも言えるのではないか。
もはや「偏差値の高い進学校」を作るだけでは、少子化が進んだ若者の未来を救うことはできない。なぜなら、生成AIの爆発的な普及により、これまでの「エリート教育」の前提が根底から覆されているからだ。かつては、一流大学や進学校で得た「知識の量」や「事務処理能力」が、まともな仕事と高収入を約束する切符だった。しかし、それらの仕事の多くは今、AIによって急速に代替されつつある。単に正解を導き出すだけの能力や、既存の型に沿った資料作成能力の価値は一気に暴落した。これからは、どれほど立派な学歴があっても、「AIを使いこなし、AIにはできない『問い』を立てる力」がなければ、望む職を得ることすら難しい時代なのである。

そしてその選択を施す15歳から、「社会を塗り替える筆」を持つことの重要性が、今ほど大切な時代になっていると考える。15歳で起業家になりたいと神山高専の門を叩く若者達。「起業家精神」を掲げるのは、それがAI時代に最も代替されにくい能力でもあるからだ。もはや香川の改革も、この視点を抜きには語れないのではなかろうか。
例えば、いち早く高校教育が統合された小豆島地域。そこにはお隣の広島県の大崎上島で各地から生徒を集める「広島県立広島叡智学園」が好例だ。バカロレア(IB)認定校を小豆島の旧土庄高校跡地などを活用した全寮制IB校として造り、AIが苦手とする「哲学・倫理・感性」を磨く。瀬戸内の自然とアートの中で、独自の視点を構築する教育は、AI時代の「最強の生存戦略」となるはずである。 また、県立統合校が計画される東讃や、今後中讃地域に新たに「専門学科の拠点校」を設けるという香川県教育委員会の新構想がある。これに対してはテクノロジー&アントレプレナーシップを重視すべきだ。
専門学科拠点校は、すでに名古屋市に造られた「愛知総合工科高校」のような高度な技術に加え、神山流の「自ら仕事を創り出す力」を標準装備すべきだ。AIを「道具」として使い倒し、国も本気になってきた地元の造船産業振興や自給率のアップを目指す農業、栽培する漁業に劇的なイノベーションを起こす。10代で「実社会を動かした」という手応えこそが、どんな学歴よりも強い武器になる。そのための実験と失敗体験に、10代のうちにチャレンジできる環境整備が必要だ。
「全入時代」を「探究の黄金時代」へ
香川県の県立高校の志願倍率が限りなく1倍に近づく現状を、教育の質の低下と嘆く必要はない。むしろ、「入試のための暗記学習」というAI時代に最も不要な作業から、生徒を解放するチャンスと捉えるべきだ。神山高専がそうであるように、ペーパーテストの点数ではなく、「何を成し遂げたいか」という情熱と創造性で生徒を選び評価する。そのためには東讃の新統合高校のように、異なる専門分野が混ざり合う環境こそ、AIには真似できない「異能の掛け合わせ」を生む最高の土壌となるのだから。

新設の構想がある香川県立大学や地元に根を生やしてきた既存大学の学部新設を待つ必要はない。今そこにある県立高校が変われば、10代が地域を、そして世界を変え始めるはずだ。四国山地を越えたすぐそこにある「神山高専」という先行事例が近くにあることは、香川にとって最大の幸運だ。その成功を学びつつ、AI時代の荒波を乗りこなす「真の知性」を育む拠点をこの瀬戸内に創り上げる。 香川の教育改革の成否は、既存の「学歴の階段」を修復することではなく、「自ら価値を創り出すための翼」を、如何に地元かがわに暮らす多感で可能性に満ちあふれた15歳の若者に授けられるかどうかにかかっているのだから。(ネットメディア編集長)











