サイドカー付きの自転車で鮮魚を売り歩く「いただきさん」。かつて高松を中心に1,000人以上のいただきさんが、魚の行商で各地を回っていたが、小売環境の変化、高齢化などで激減。いまではその姿を見る機会はほぼない。

「いただきさん」のルーツとされているのが、南北朝争乱に巻き込まれ、1338年に現在の高松市浜ノ町へ流れ着いたとされている後醍醐天皇の第二皇女。
地元の青年漁師と結婚、漁で使う網を、糸を紡いで直していたことから『糸より姫』と呼ばれるように。生活を支えるために、魚を木の盥に入れて行商に出かけた姿が「いただきさん」の始まりと言われている。

糸より姫の御魂は金刀毘羅神社(高松市瀬戸内町)に、愛宕神社(同市扇町)には天津神とたたえて奉斎され、合祀されている。
1970年に建立された糸より姫像(新田藤太郎作)は、糸より神社(高松市浜ノ町)に祭られてきたが、このたび扇町の愛宕神社に遷座した。

糸より神社の神職が亡くなったあと、像を大切に守ってきた親族から相談を受けた㈱三和クリーンサービスの細谷勝子社長、日新地区住民らが愛宕神社に呼びかけ、このたびの遷座が実現した。
9月28日、愛宕神社で遷座祭があり、氏子、関係者、地域住民らが多数参列した。神職による厳かな神事ののち、参列者が玉串を捧げ、糸より姫像が新たな社に迎え入れられた










